とるにたらない話 1

2019-12-26
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閉店のお知らせをしてから、「ずっと来てみたいと思っていたんです」とご来店くださる方が毎週あるようになりました。気に留めていただき、ありがとうございます。やさしい言葉をかけていただき、ありがとうございます。

そう思ってくださっている方が、いらしたんだなあ、と。自分が思っていたよりも、たくさんいらしたんだなあと、ありがたくうれしい気持ちと、本当のことを言うと「なーんだ!(全然知らなかった!)」という気持ちもちょっと。でもみなさん、本当にやさしくて、じーんとします。

週に3日しか営業していないものだから、気になっていただいてもハードルがあったことと思います。この場所で7年もやっていたのだけど、全然知られなくて、ずっとひっそり隠れたままでした。もっと知っていただけるよう、来ていただけるようこうすれば良かったかな、ああすれば良かったかな、と思ったりもするのですが、たぶん今だからそう思うのでしょうね。勝手なものです。

今まで、ここではたまにのお知らせ中心でUGUISUのことや自分のことをあまりお伝えしてきませんでした。日本での取材は、去年 nice thingsさんがお店を始めた経緯や思いを丁寧にしてお伝えくださったのが唯一、ぐらいだったかもしれません。今さら書いてもしょうがないかなと思いつつ、お伝えするなら今しかない!という気持ちで、なぜ私がここで店をやることになったのか、どういう思いでやっていたのか、などを書いてみることにしました。取るに足らないことばかりですが・・・

15年前、ここのすぐ近くにある会社に勤め始めたころ、偶然に和朗フラット四号館に出会いました。突然目の前に現れたこの建物の存在感に、とにかくびっくりし、人間にもしたことのない「一目惚れ」というものを経験しました。その頃には、ここで営業しているお店はなくて、中を見られるとは想像もしていませんでしたが、外からこの佇まいを見ているだけでなんとも言えない満ち足りた気分になり、いつの間にか外からこの建物を眺めることが日々の楽しみになっていました。

今思えば、住人の方にはご迷惑をおかけしたかもしれません。じーっと、よく見てばかりいましたので。

ある日突然、建物の1階の窓のひとつから、「お弁当」と書かれた赤い派手なのぼりが垂れているのを見つけ、本当にびっくりしました。この建物の雰囲気にはなんとも似つかわしくない、真っ赤なのぼり。しかも「お弁当」って。公園の売店なんかに立っているタイプのです!そのギャップにとにかく驚きつつも、この建物の中に?お弁当が??と、好奇心ばかりが先走りし、のぼりのあるお部屋のドアをノックしました。「ここでお弁当が買えるのですか???」と訪ねると、とても素敵なマダムが「もちろんですよ」と、ごくごく当たり前という風に応えてくださるんです。わたしはその状況がよく呑み込めずにいながらも、初めて(でも一応遠慮がちに)覗き見る和朗フラット四号館の内部をどこかの異次元に迷い込んだかのようにドキドキしながら、お弁当を持って戻ってくるマダムを待ちました。

真っ赤な「お弁当」ののぼりは毎週火曜日に当たり前のように堂々と、おとぎ話に出てくるかのような洋館の窓から不自然さを隠すでもなく垂れ下がりました。恐る恐るドアをノックすれば、やはりいつも当たり前のように素敵なマダムが迎えてくださるのです。当初は、漆のまあるい可愛らしい3段のお弁当箱に丁寧に詰められた「玄米と豆と野菜のおべんとう」。日本で昔から食べられて来た優しくてまじめで素直なごはんを、毎回丁寧な説明付きで提供されていました。当時、まだぬくぬく実家ぐらしで、あれもこれも無知を絵に描いたようなわたしは、この美味しいお弁当を食べながら毎週初めて知る食材やそれにまつわるお話を見て聞いて、またひとつ賢くなったぞ、なんて思っていたものでした。(あー恥ずかしい)時には持ち帰ってオフィスで、時にはゆっくり素敵な空間で酔いしれるような贅沢なランチタイムのひと時を、たいてい独り占めで堪能しました。
あの頃、20代の多くの方がきっとそうであるように、わたしも自分の人生のことに色々と悩んだりしていて、何かを変えたいのに変えられない、先のことが見えず、モヤモヤうじうじしていました。人に悩みを相談したり、アドバイスを求めたりということが得意ではなかったわたしに、「あなたはどんな風になりたいの?」とそっと尋ねてくれるマダムとお話ししていると、自分でも気づかなかった自分の色んなことに気づかされたりして、ハッとすることがありました。「心の拠り所」なんて言ったら相当重苦しいでしょうが、知らないうちに自分にとってはこの建物、というか、マダムのことをそんな風に思っていたのかもしれません。まったく勝手で、迷惑な話ですよね。

当時、「毎週火曜日のお弁当」という楽しみがあったから、わたしは仕事を頑張って続けられたようにも思うし、仕事を頑張って続けていたから毎週火曜日のお弁当をご褒美のように思って楽しめたように思います。
ある日毎週火曜日のお弁当は100回目に到達し、当たり前のようにさらりと終了しました。そのお店の名前は「ひなぎくきつね」、お弁当よりももっとずっと前からその場所で「クラシックな銘菓」をテーマとするケーキとお茶のお店として開店していました。(わたしの中では)お弁当は幻のような思い出ですが、「ひなぎくきつね」さんはもちろん今も、他のどことも違う、目にも身体にもうれしく心にも美味しいお菓子やワインに合うキッシュなどを提供され、とてもたくさんの方々に愛され続けています。

ちょうどお弁当が終了した頃に、わたしは思い切ってウェブデザイナーとして5年勤めた会社を辞めました。なんのアテもなかったけれど、フリーランスでやってみようと、なかなか思い切った決断でした。それが10年前。それから間も無く、フリーランスの仕事の傍で、ふと思い立ち一週間のうちにUGUISUというネットショップを立ち上げました。日本の商品を海外の方たちへ届けたいと思ったんです。

2009年の当時、まだSNSは今のように発達していなくて、日本の「今」を知るすべが海外に住み日本語を理解しない多くの方にはあまりなかったようでした。当時日本ではまだまだ、わたしにとってももちろん、ヨーロッパやアメリカなどの外国から輸入されたものに心がときめくことが多かったように思いますが、ふと自宅で周りを見渡せば迷わずリピートするように愛用している生活のものには日本のもの、日本でずっと何十年も作り続けられて来たものがほとんどだということに気がつきました。そして、そういう普通にある日本のものに日本の外に住む人たちが魅了され手に入れたいと欲している、でも日本のお店で英語対応のホームページがあるところも、海外発送に対応しているお店もほとんどなく、どこで買えるのか、どうやったら買えるのかという声が次々届き、それならわたしが店を作ればいいんだ、とびっくりするほど単純すぎる考えだけでネットショップを作りました。それがUGUISUの始まりです。そのころ、日本に住んでいる日本人で、海外にむけて英語で日本の情報を発信している人は(伝統芸能や特殊なカルチャーについてを除いては)探し出せなかったんです。私は人と競うことが苦手なので、他の人がやっていないことをやろうと思ったんです。

2へつづく